幸せは、青い鳥 か 茶トラの猫 か?

青い鳥

一人きりカウンターに座り、注文以外の会話をした覚えがない日々。

 他のみんなも、似たようなもんだろうと思っていたあの頃、僕は仕事帰りにはいつも同じ喫茶店に寄っていた。その喫茶店は、家から歩いて3分もかからない所にあって、煎った豆の匂いが店中に広がり、いい雰囲気だった。そこでよく食べたパスタの味は今も忘れられない。

 店の中に入ると、目の前のカウンターがあった。そこから右へと向かい、カウンター前の所に並ぶ二人がけの席。そこが僕の特等席。カウンターの中からは見えないように、席とカウンターの間に濃い茶色のパーティションがあり、なのに店の外からはガラス越しに見られ放題のマネキン状態。それでもそこがなんとなく心地よかったのは、ウェイトレスをしているマスターの娘さんが、この席だと気軽に話しかけてくれるから、だった。

 ある日も、水を運んできた娘さんが僕に、今日もいい天気ですねと笑って話しかけてきてくれた。それに答えようと僕はポケットからペンとメモ帳を出し、急いで文字を書く。いい天気ですね、明日もそうだといいですね。そうすると娘さんは、はにかんでうなずいて、じゃあ今日はどれにしますか?と注文を聞いてくれる。僕はそれに笑顔で答えると、娘さんはじゃあ、いつものですね、とカウンターに戻っていくんだ。

 一度、パーティションからそっと娘さんの後を目で追ったことがあった。彼女はカウンターの中に入ると、料理の注文をマスターに告げて、その後でコーヒーをカップに注いでいた。ゆっくりと慎重に、ずいぶんと丁寧に。その姿が微笑ましくて、それで幸せを感じていたんだと思う。

 昼はいつも仕事場で黙々と、誰のために役に立つのかわからないプログラムや設計書を作ってばかりで、土日は朝から病院を行ったり来たりの毎日。彼女などつくる暇もないまま、稼いだお金はほとんどがすべて、誰かの懐へと吸い込まれていくように感じていた。唯一自分のために使っていたと思うのが、その喫茶店での時間。それだけでこころが安らいでいた。

 そこの店に飾られていたレリーフの青い鳥が、ああここにいたのかと。そんな日々が幸せだった。

 

 

茶トラの猫

そいつはいつもベランダからやってきて、飯をねだる。

 あんなにあつかましい奴を、僕は知らない。そいつはいつもベランダからやってきた。

 最初に奴に会ったのは、寝苦しい熱帯夜が続く8月の頃。エアコンの調子が悪くて窓を開けたらそこに、まんまるの目をしてちっちゃいあいつが、シャンと座っていたのを覚えている。

 驚いた、と思う。そのあたりはあんまりよく覚えていないんだけれど、なんて言うか・・・そう、不意打ち?じゃあない。寝耳に水?だとニアンスが違う。要は、声が出せるのならきっと、そこら中に聞こえただろう驚きの悲鳴があがっただろう、と思う。

 茶トラ模様のそいつは、ベランダから中には入ってこようとはしないでいた。そして大人しくいつも待っていた。僕が何か食べ物を出すのを。普段なら家に食べ物などあるわけがないのに、そいつが来る日はどうしてか、夕飯を外でありつけず、帰り道コンビニで買って帰ってきた日だった。

 そいつの尻尾は曲がっていて、鉤爪みたいな感じに見えたので、僕は心の中でフック船長と名づけていた。フック船長、また来たな?!みたいな感じで、奴がベランダに現れるとコンビニ袋をガサガサと探して、中から猫用のささみを取り出すのが習慣だったような・・・。

 大きいまま、袋から出したささみのかたまりを、フック船長はその小さな体でカプっと噛んで持ち上げると、ベランダから外へ出て行く。まだ生後数カ月だろう体で、顔と同じぐらいの大きさのささみを持って、このマンションの下の茂みの中にいる兄弟たちに運んでいく。親猫はどうしたんだ?と余計なことを考えたのはずいぶん前で、親はなくとも子は育つと、優しく見守ることにしたのは、ここ最近。

 茂みの奥にいた奴の兄弟たちも、翌年の春にはみな巣立つように見なくなった。そして奴は、フック船長の姿は、今でも時々お目にかかる。

 最近はベランダで食べて帰っていく。いったい寝床はどこで確保しているのやら。

 

 

[amp-supremacy-sitemap]

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください